河野太郎の父の現在は肝移植が失敗して自宅療養?

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河野太郎の父・河野洋平は過去に肝移植を行っていますが、現在は政界で姿をみることがありません。

肝移植が失敗して今は自宅療養をしているのでしょうか?

息子の河野太郎が総理大臣になるかもしれない今、河野太郎の父の現在はどうなっているのか調べてみました。

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河野太郎の父とは?

河野太郎の父・河野洋平は「河野談話」といわれる「従軍慰安婦について誤解をあたえる発表」をおこなった人物として広く知られていますね。

1937年1月15日、神奈川県平塚市で河野太郎の祖父・河野一郎の次男として誕生しました。

早稲田大学政治経済学部を卒業後は、大手企業(丸紅飯田)勤務、米国スタンフォード大学留学後ニチリョウ社長などを経て 1967年に衆議院選挙に出馬し、初当選。

1965年に亡くなった河野一郎の政治の地盤を引き継ぎ、衆議院議長、副総理、外務大臣、内閣官房長官など要職を歴任。

1996年1月村山首相辞任とともに政界から退任しました。

河野太郎の父が肝硬変に

河野洋平と村山元総理大臣
河野洋平と村山元総理大臣

河野太郎の父、河野洋平は1973年頃に肝機能の異常を指摘されます(当時36歳)

40歳ごろには異常な倦怠感が現れていましたが、新自由クラブを旗揚げした多忙な時のため検査数値の悪化が心配でも休むことができませんでした。

のちに「C型肝炎」と判明し、肝硬変に進んでしまいます。

村山富市首相は河野太郎氏へ政権のバトンタッチを考えていましたと河野洋平氏が語っていましたが、もし総理大臣になっていたら多忙を極め間違いなく亡くなっていたでしょう。

2001年には肝硬変で顔は土気色、声がかすれ、入院せざるを得ない状況になりました。

当時のことを書かれた河野太郎のメルマガで、河野洋平の姿は「ベッドの上で、黒く、小さく、まるで干からびてしまっているようでした。このままだと、間違いなく死んでしまうだろう」という状況だったと書かれています。

移植手術は失敗?

河野太郎はその状況から自分がドナーになって生体肝移植をしようと決意します。

そして2002年4月16日から16時間にかけて、信州大学医学部附属病院において生体肝移植が実地されました。

移植手術はとても高い技術が求められるものです、失敗も頭の中入れて手術に臨んだことでしょう。

肝移植のその後はどうなったのでしょうか。

移植後も、肝炎ウイルスは体内に残ってしまいます。
移植した新しい肝臓が、再度C型肝炎ウイルスに感染する可能性もあります。

河野洋平自身の自覚はないものの、手術から時間が経過するにつれ肝機能の数値が悪くなっていきました。

しかし、近年C型肝炎の新薬が発売され、2019年にはウイルスは「検出せず」になったとのこと。

現在河野洋平氏が服用している薬は、移植患者なら一生必要な免疫抑制剤だけなようです。

肝移植は失敗せず、命を永らえることができました。

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河野太郎の父、現在は自宅療養?

河野洋平

現在河野洋平さんは84歳。

お孫さんと一緒に箱根駅伝の選手に声援を送る姿が見られています。

中国共産党建党百年祝賀には祝電を送ったり、政治インタビューを受けるなど精力的に活動されている様子。自宅療養しているお体ではないようですね。

今度の総裁選で息子の河野太郎が総理大臣になったときには、表立って現在の姿がみられるかもしれません。

まとめ

河野太郎の父の現在が肝移植が失敗して自宅療養かどうか調べてみました。

移植は失敗せず長生きされているようで安心しましたね。

父親のためとはいえ、自分の健康な臓器を移植する決断ができた河野太郎氏はすごいですね。

メルマガには移植後の河野太郎自身の予後についても書かれていましが、随分と辛い経験だったようです。

印象的だったのが「親父の命は延ばしたいとは思いましたが、河野洋平の政治生命の延命には興味ありません。もうそろそろ引き際でしょう」とはっきりと語っているところです。

今は父親と違う政治路線で総理大臣を狙っています。ぜひ頑張って頂きたいですね!!!

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